伝説なんて、怖くない


     6




国木田女史が逗留先とした宿から一旦離れたのは、
連絡を取る発信地を何者かに探られないようにとした用心深さから。
ポートマフィア側の情報によれば、
この騒ぎの被害者には政財界の要人の子息が含まれているらしく、
しかも対処にマフィアを頼るような手合いと来て。
鷹揚にも清濁併せ呑める人物…といえば聞こえはいいが、
汚れ仕事を任せる先としてマフィアを贔屓にしているような輩だというなら、
辣腕な政治家でドラスティックな処断も辞さない等々、
どれほど言い換えようと、実質 胡散臭いにもほどがある。
自分たちまでその手先とみなされるのは業腹だったから。
せんせえの言うことは正しいと信じて疑わないような、年端の行かない幼子ではあるまいに、
正道だけで邁進するは難儀なばかりな世の中だということくらい心得ているものの、
選んで良いケースなのなら自分の心持ちが拒まない方を選んでもいいじゃあないか。
ささやかな抵抗としてそんな手間暇をかけ、
今回の案件に際し、探偵社の方へ居残って情報収集している乱歩嬢や谷崎らと
電子端末や電網端子などで状況を突き合わせていた国木田が、
手際よくまとめた資料を手に宿へと戻って来て、
事態の全貌と現在の状況、そしてそれへの探偵社としての対処を伝える。
仲間内はともかく、マフィア側の意向というもの、確認をとる必要があってのことだが、

 「別にそれで構わねぇよ。」

黒衣紋の上着は脱いで、清潔そうなシャツに内衣と
側線にスリットの入ったタイトなスカートといういでたちの、
マフィアの誇る小さな猩々御前様。 (太宰命名←ごるぁあっ#)
招かれた国木田の部屋、ソファーに坐したまま、
艶に引き締まった脚を膝を擦り合わすよにして ひょいと組み換えると、

 「確かに依頼あっての探索だが、
  我が子へ監督不行き届きな馬鹿親に
  いいように使われてやる義理は俺らにもねぇからな。」

睫毛をけぶらせるように双眸を細め、蠱惑な笑みを浮かべた口許を歪ませて嗤う。
いかにも嘲笑うという感のある、こういう顔をする辺り、
依頼してきた要人がいかに立場があろうと、
そんな相手の言うまま唯々諾々と、従順な犬になるつもりはないお使いらしく。
傍らに坐す芥川嬢もまた表情を動かさぬ辺り、突然表明された見解でもなさそうだったが、
いかにもな強気な態度へ、

 「それって森さんも了解しているの?」

こちらも元は女だてらにマフィアの幹部だった太宰が、
表情豊かな眼を眇めての伏し目がちにし、
不機嫌そうとも見えそうな、胡乱なものを視るような貌で訊いたのは。
この小柄な女丈夫が、身丈に見合わぬ豪気な女傑でありながら、
首領への忠誠を何より優先する社畜でもあること、苦々しくも覚えているからで。
勝手に方針を決するはずはない、元からそんな裁量を持たされていての発言なのだろうと
判っていての白々しい問いかけなのであり。
あんな胡散臭い人物の言いなりになってるなんてという憤懣らしいが、
彼女もまた胡散臭くて面倒な人性なところ、
その“育ての親”にたいそう似ているというのにね…と。
そんな心情を滲ませつつ、ふふんと嫣然と笑う中也なのがまた憎たらしい。

 「ったり前だろ。
  つか、何にでも揉み手して平身低頭で承るよな
  判りやすい組織じゃねぇんだよ。」

 「どうだかね。
  表向きはそんな態度で請け負ってるんじゃあないの?
  解決後に居丈高な“強請屋”へ豹変するのって威張れた話じゃあないのだけれど。」

なに えばってんのこのナメクジ、敦くんが困るからこの程度で済ましてやんよと、
背景効果におどろおどろしい字体で綴られてそうな空気を醸しつつ、
表向きはそれは朗らかそうににぃっこり笑ったシャクヤクのような美女へ、

 「手前が居たころはそうだったってのへ、今頃 反省しきりなのかよ。
  さんざっぱら もっとえげつない脅しすかしをやらかしてた鬼に言われてもなぁ?」

こちらも、小柄ながらもそりゃあ華やかな麗しさ、
丹精された牡丹が端然富貴に花開くような美貌を輝かせつつ、
ふざけてんじゃねぇぞ、塩焼きがいいか?味噌煮か?この糞鯖女と
真っ赤に炙られた金網やぼっこぼっご噴いてる味噌だれ鍋が背景に浮かぶような
熱いんだか冷ややかなんだか、とりあえずおどろおどろしい空気を孕んで言い返す女幹部殿。

 「…威容のある人って、ただの会話で此処までの芸がこなせるんだねぇ。」
 「愚問だ。」

冴えすぎて冷え冷えする空気感へおおうと首をすくめた敦嬢へ、
どっちを尊んでいるのやら、ふんと鼻先そびやかす黒獣の姫だったりする中、

 「では、具体的な作戦を説明する。」

 「…………。」 × @

若しかしてその眼鏡、度が入ってないんですか?とか、
そかー、このくらいマイペースでいないと探偵社ではやってけないのかぁとか、
繊細知的に見せて、実は図太さで太宰ととっつかっつなのか?とか、
キミの理想って、意義とか思想よりタイムテーブル最優先なの?とか。
周囲から呆然とされた進行役の女史の態度も大概で、
この顔触れ相手にはこのくらいでないと、追随できないらしいことは間違いないらしかった。



     ◇◇


長閑な田舎町へ突然現れた一団…というのは、
喜んではいけないお騒がせ案件として、
実を云や 長老たちがこっそり頭を悩ませていたほどに、
ここ最近にもよくあった事態と同様なそれだったが。
こたびの顔ぶれは、どうやら今までのそれとはやや質を画す人々なようでもあって。
人目を忍んでの夜中にこそこそやって来て、
その実、だみ声上げたりゴミを散らかしたりしていた礼儀知らずな連中と違い、
雑貨屋へ飲み物と駄菓子を買いに来た様子を目撃したご婦人らの言いようによれば、
目が合ったこちらへ天女様みたいに綺麗なお顔をほころばせて静かに微笑み、
お騒がせしておりますね、ご容赦下さいと、眉を下げてのご挨拶をなさったとか。
お店から出てゆくまで声もなかった、里でも屈指のうるさがたの奥様方が、

 うわ あれはよほどいいお家のご令嬢だぞ、
 いやいやもしかして女優さんかも知れぬ、
 一緒にいたのは妹さんかな、付き人じゃあないか?
 そっちも物静かで綺麗だったよなぁ、と。

そこが女性の逞しさというか自己防衛能力というか、
でもここが残念という難を必ず見つけて そうそうと相槌打ち合うはずが、
かの女性らへはとうとう口にしなかったほどに
とりあえず、見栄えはすこぶるつきに良い娘さんたちであったようで。
二十代前後という年齢層といい、
それは伸び伸びと瑞々しい盛りなのを惜しみなく撒き散らかしていながらも、
品格や知性があっての そうそう気安くは近づけぬ、
どこか高貴な近寄りがたさが漂い、ある意味 穢れなき存在でもあるというか。

 「国木田くん、今回はおっかなくはないのかい?」
 「…っ。」

リーダー格か世話役か、知的で凛々しい長身なお姉さまは、
やや神経質そうに渋面を作っておいでだが、
眼鏡の似合う線の細い面差しに、金髪をうなじで束ねていて、
脱線したおすお仲間へいちいち目くじら立てなければ
十分楚々とした美人さんなのに違いなく。
そして、連れのなでしこさんに訊かれた一言に肩をすくめた辺り、
…実は実は、猛々しき武闘家であるにもかかわらず、
心霊現象かかわりが苦手なお人でもあるらしく。
それがこんな、ただでさえ夜も更けている刻限、
しかも片田舎は明かりが極端に少ないわ、人の気配も皆目だわという条件下の中を
わざわざ胡乱な評判の場所へ自発的に向かわねばならないと来て。
日中の勇ましさもどこへやら、やや及び腰な様子なのは否めない。

 「おや、そうなんだ。」

意外だという声がやや後方から飛び、
そちらは日頃 其処まで親しいよしみはまだない帽子の姐様がキョトンとしたようで。

 「でもまあ、そういう可愛げもあった方がいいかもな。
  あんたちょっと堅物ぽくて取っつきにくいもの。」

ぷはっと小さく笑ったことにも悪気はなかったのだろうが、
それでも眼鏡の姉様の気を悪くさせるかもと案じたか、

 「あ、あのッ。国木田さん、今日って髪留め替えてますよね。」
 「あ、ああ。」

ビジューっていうんですよね、それ。キラキラしててかわいいなぁと、
舌っ足らずな幼い声で褒めたのは、白銀の髪した年少組の片やだろう。
無邪気に褒めて羨ましがれば、

 「おや敦くん、私も褒めてほしいものだな。
  いつもとは装いもだいぶん変えているというのに。」

先程 真っ先に国木田女史を揶揄いかかった なでしこさんがそんな横やりを入れてくる。
可愛らしくやや高めたお声は、まるでお澄まししている童女のようで。
せっつかれたような気がしたか、あわわとあたふたしながらも、

「そ、そうでした。着替えを持ってこられていたのですね。
 ボレロとサンドレスなんて珍しい恰好なさってたので意外で。」

余程に慌てたか、ボレロなんて言い慣れてなかったか、
ちょっと抑揚が弾んだのへ、

「おいおい、そんな格好 手前がしていたんじゃあ、敦でなくとも目の遣り場にも困ろうよ。
 包帯まみれのくせにデコルテ全開だなんて、いかにも痛々しいじゃねぇか。」

帽子の姐様が早速のように突っかかり、

 「残念でした。
  自慢のバストラインを魅せるためには、お手入れだって念を入れてるよ。
  今日はまだ隠し気味だけど、鎖骨はお見せ出来ているのだからね。」

キミこそ、ちっとは女らしいカッコしたらどうだね。ただ露出すりゃあいいってもんじゃあないんだよ?
うっせぇな、そのまま返すぜ。
シースルースタイルは まだほの見せの圏内だと、意気軒高、闊達なお声が返ったところで。

「足元、注意してください。」
「え?」
「おわっ☆」
「あ、ありがと芥川。」

暗かろうが明るかろうが、お約束のようにいつもあっさりすっ転ぶ虎の少女を
こたびばかりは優先して補佐したらしい、
黒狗姫さんの注意喚起も間に合わなんだか。
ドジっ子の敦嬢は難を免れたらしかったが、
思いがけない何かに足元攫われたらしい声が数人分キャッと上がって、
いやぁねぇと嘆くなるぼやくなりする声がかぶさる。
月影を取り囲むよに絡み合う、天然の天蓋をくぐった先、
元は校庭だったらしい進入路にあたる
卯木が育った末の木立を進んで
朽ちかけた校舎へと入る地点まで至っていたお嬢様がた5人だったのを、
いやに仰々しいゴーグルを装着して眺めていた人影があり。

 「お客さんが入ってったぞ。」

そうと呟けば、人の姿はないのに返事がして、

 【 判った。廊下の誘導工作は済んでいるから、お前は後詰めを頼む。】
 「オーライ。」

顔を上げかけ、おっとと思いとどまり、
わざわざ重たげなゴーグルを外したところを見ると、
赤外線センサー仕様かそれとも暗視用の機能が搭載されているものか。
弊害として、静かに降りそそぐ月光さえ、強い輝きに変換されてしまうらしく、
取り急ぎ外した装備を腰に巻いたウエストバッグへねじ込むと、

 「此処での仕事納めに見合う、なかなかの上玉が手に入りそうじゃないか。」

昼のうちにも検分済みの、容姿端麗な女性ばかりのグループに間違いなく。
それを遠目に見定めたという、
これまでにはなかったこの慎重な運びも、焦れるよりいっそ快感と
舌なめずりでもしたいかのような、やに下がった声で呟いた誰かだったが。


  ……先に言っておこう。ご愁傷さまです。




to be continued.(18.06.15.〜)




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 *さて、いよいよ行動開始のお姉さま方です。
  ちょっとは女性たちの集まりらしい雰囲気が出せていればいいのですが…。